辻さんの側で

昨日も今日もとってもよい一日。うれしいな。

昨日購入した辻さんのギター曲をBGMにかけている。
現代に作られたのに、、、古典的でもある。
他人が弾く演奏を聴いているのに、、、自分自身も感じさせてくれている。
ヨーロッパ的でもあるのに、、、日本的でもある。
意識的に耳を傾け聴いても心地いいし、、、無意識に耳に入ってきても心地よく疲れてこない。

昨日辛くて大変な身体の保護のため肩掛けを買いに行ったら、お庭の日の光の中で、辻さんがご婦人と一緒に外の景色を楽しんでおられた。午後からちょっと遠い場所で待合せをしていたので、どうしようかと思いつつ、行ってみて良かった。
肩掛けのお色を選んで頂いて(私が選んだものより余程よかった)支払いをしていると、テーブルに腰掛けて辻さんがCDにサインをしておられた。コンサートの日は人も多かったし「まっ、いいかぁ」とCDは買わなかったのだけれど、その次の日に買うことになっていたのかもしれない。私もサインと握手をお願いできますか?というと、快くサインと握手をして下さった。気持ちよかった〜。
日ごろは、いつもの如く小心者だから、思うだけで実際は出来ないのだけれど、丁度横の席が空いていて、どうぞと席をすすめて下さったので横に座り、コンサートの後で質問してみたいなって思ったことを質問してみた。この間、気づかぬ間にコーヒーが出てきていた。さすがオーナー奥様。ありがとうござりまする。
作曲の際は譜面に落としながらするのか、11弦ギターの譜面ってどうなっているのか、など訊いてみた。作曲の際は、譜面に落とすことは無いのだそう。レコーディングの段階になって、初めて曲を他人が確認することが必要となってくるので、譜面に落とされるそう。作曲の際は、気分が合わさっていくと、指が勝手に動いて作曲できてしまうこともあるらしい。
あの11弦楽器は元はといえば、バッハなどの音楽の再現の為に開発されたもので、リュートが元になっているらしい。握手をしてもらった時もそうだけれど、何か辻さんに宇宙観のようなものを感じたけれど、バッハ、なるほど、という気がした。
とても日本的な感じもしたのですが、というと、バッハなどは、構築していく音楽で、1つのパーツ(積み重ねの部分)が欠けても成り立たないのだけれど、日本人の音楽感は、虫の音やせせらぎの音に情緒を感じ(これらの音は西洋ではノイズにしかならない)1つ音が抜けたとしても成り立つものである。と言われていた。
日本人のDNAが感じる独特の感性。DNAの働きがどこまで作用してのことか物理的には解らないけれど、長い間に培われてきた何かが、思わぬときに発露し、それを日本人特有の情緒として感じることができるとき、私も日本人の遺伝子を引き継いでいるのだなぁとありがたく思う。
辻さんは、音楽家なのに、私には、なんだかお医者様のようにも見えた。私がなくなる時、こんなお医者様が担当医だったらいいね、なんてちょっと思った。
カーネギーホールでの演奏経験もお持ちの辻さんなのに、地方に住む人々の所にも出掛けて下さる事、ありがたいことです。打診はあったみたいなのに、メジャーへの関心は無いご様子。ちょっと惜しい気もするけれど、それが辻さんのスタイルなのだろう。
因みに「ひびきの森」のネーミングは、この辻さんから来ているそう。
この礼儀正しく、どこからでも優しさを拾ってこれる辻さんに、スコシハアヤカレマスヨウニ、、、。