大アンコールワット展

体調悪いし、如何しようかなと思ったけれど、見に行きたいと思っていた展覧会の会期が2日までと知り、また片道70km車を走らせて小倉へ向う。折角小倉へ行くのだから2時からのセンターでの修練の前に展覧会場の井筒屋へ行こうと思っていたのに、案の定グダグダして井筒屋は後回し。

センターに入って、まずは御挨拶。ここのセンターではコンニチハとまたね♪の時にする挨拶がある。まずは自分の両手を相手の両手と合せて打ち鳴らし、その後ハグをする。生粋の日本人ではあるし「うぅ ハグかぁ(--;)」って思ったけど、2回目からは肝も据わってきて、3回目の時は歳半分の男の子をおいでおいでして捕まえて「あなたも♪」とハグさせてもらった(大笑)。どこかのCM(子供を抱きしめてあげて下さい)ではないけれど、ハグってオープンハート用のステキなツールかも?

お着替えをして、今日もハードなトレーニングかなぁと思っていたら、先生にちょっとした事情を先に電話でお話していた事もあって、この日は先生がまたマッサージ等をして下さった。先生が内臓に手を突っ込んで(肉の外側からね)押していかれると固くなっている内臓が良く解る。そして先生がギューッと暫くの間押しておられると次第に柔らかくなっていくのが自分でもよく解る。

つくづく、人間の体というものは面白い。イメージで柔らかくすることが可能。私はとても体が硬いのであるけれど、前屈の時、先生が後から押していかれると、大して力を入れて押されたわけでもないのに「え?」って思うぐらい前屈ができた。そして人間の体というのは、一度できたことはちゃんと覚えていて、「そういえば、前ギューって曲がったなぁ」と思うと不思議と今度は先生が後から押して下さらなくてもそれができるようになっていたりする。よき指導者にあうっていうのは大切ですね。体が硬い=内臓が硬い所為というのが解ったのもよかった。

不要なものをリリースすべくの対話もした。ずっと握り締めている事たち。リリースできないので「リリースできません」というと、先生はそれ以上強要はされなかった。「リリースできない」と声にしたことでそのことが確認できたからか、家に帰ると不思議と逆に少しリリースできるような気もした。(アマノジャク(^^ゞ)

過日ド派手な擦り傷を作った私の脚をみて、先生が消毒して軟膏もつけて下さった(^^ゞ。処置を何もせずに放置してお風呂にも気にせず入っていたから、ばい菌でも入ったのか、段々周りが赤紫になってプヨプヨになってきていた。「怪我と風邪は放っておけば治ると思っているので」と先生に言うと、「今日はクロサワさんの新しい面が解りました。美容などには興味ありませんね!」「正解(^^ゞ」「もう少し自分をケアしてください」「・・・(とりあえず)はい」。

ゴールデンウィークセドナで瞑想旅行がありますけど参加されませんか?と誘われた。よい機会だし、費用もとても安かったのでどうしようか散散迷ったけど、結局キャンセル。チャンスを受け取る力なし。聖地セドナ。今後行く事がある場所なのだろうか?因みに年に4回ほどセドナ瞑想旅行はあるらしい。
セドナの話を聴いている時、一瞬、山のはるか上空から見ているけれど、同時に地を味わい体感しているような気分(感覚)がやってきた。私に必要なのは、きっとこの視点(感覚)。

Lee先生は過去3日間の断食をされたことがおありの様子。瞑想旅行に行くのであれば、それようの準備(指導)が必要という話をされていたので、ひょっとして瞑想旅行には断食が含まれているのかもしれない。因みにLee先生がされた3日間の断食では(スポーツドリンクのようなものは摂取するみたい)瞑想のみならず、丘に登ったりもされたのだとか。どうりでLee先生パワフルなんだなぁ。

先生が、行く予定だったけれど、行く暇がなかったからといって、「大アンコールワット展」のチケットを下さった。午前中に行く予定が行けなかったけど、すべては上手く行っていた(笑)。因みに先生は小倉のセンターに赴任されてから殆どお休みをとられていない様子。今月もセンターがお休みの日である日曜日は研修で広島や名古屋に行かれているので休みなし。朝早く(週によっては朝6時半〜)から夜10時過ぎまで( ̄_ ̄|||)センターで指導されて、睡眠時間は4時間程度。大きな志があるから動けるのか。ストレスや色んな想い等を捨てる技術にもきっととても長けておられるに違いない。この日も夜8時に広島入りして翌日の夜8時まで研修があると言われていた。アンビリーバブル・・・。

「先生いつも迷惑ばかりかけて御免なさい」と言って手を振ってセンターを後にする。

小雨が振り出した中、小走りに井筒屋に向う。とっても久しぶりの井筒屋。やっぱり単純にデパートは楽しい!ウツ傾向にある私には特によろし(笑)。ひやかしに寄る時間はないので、さっさと新館9階の「大アンコールワット展」へ。

若い頃はアジアにはまるで興味がなくて、ヨーロッパにばかり目が向いていたけれど、最近は仏教美術や音楽などアジアのものに触れる機会が増えている。アジアも広くてとても多様だけれど、触れればどれもまた魅力的。

今回はチラシに刷られた「ジャヤバルマン7世の頭部」がとてもステキだったのと、カンボジアまでは一人で行けないから、少しでも現物を見たくて行ってみた。

美術館という空間とは違うからか、それとも私の心の乱れの所為か、いつも美術を前にするときに比べると心がスッとしない。

それでもやはり、「ジャヤバルマン7世の頭部」や「ひざまづくブラジュナーパーラミター」はいずれもその表情が素晴らしく美しかった。

600年にわたり栄華を極めた王朝。9世紀初頭、クメール人が興した壮麗なる王朝は、仏教、ヒンドゥー教が混交するなか発展し王は神格化されていった。ジャヤバルマン7世を代表とする王たちはその権勢と都の繁栄を願いアンコールワットを始めとする多くの寺院や仏像を作り出した。こうして生まれたクメール美術は主に石や青銅を素材にしながら信仰の表れと繊細かつ優美な彫刻を特徴とし「祈りの芸術」と称され、人々の自然への畏敬の念と平和への願いが色濃く反映されている。〜チラシより

砂岩で掘られた仏像の前を、ゆっくりと足を止めることもなく、すぐ近くで見ながら通り過ぎる。あまりピンと来ないなと思いながら、通過した後をふと振り返った。スポット照明が当てられた仏像の一群(一帯)が目に入った。少しひいて見た方が雰囲気が伝わってきた。あの仏像群はそこにある溢れる自然と神や人々と共存してこそ語りかけてくれる。そんな気がした。現地に行ってみたいと思った。

会場の出口に募金箱がおいてあった。戦争で修復に携わっていた人がいなくなってしまった中、またカンボジア人による修復をめざして日本の方が指導し、支援にもあたっておられるようだった。(世界不思議発見でもそのことを伝えていたことがあったような・・?)観光する人がこの10年間で9倍近くに増えたらしい。観光人口が激増すれば当然ゴミも大量に増え、観光地も荒れる。すべてが上手く整う形で進んでいって欲しい。

井筒屋を出ると、方向音痴の私は早速、現在地がわからず・笑。小倉城が見えてキレイだったので、車を止めた場所とは反対方向だけど、なんとなく河辺方向に足が進む。数本の桜が7部咲きになっていた。川を見ながらヘドロだなぁと思いながらも、磯の香がすると、やはり心が解けて心に風が通るようで気持ちいい。

潮の香に一息ついて、魚町を通り過ぎ飲食街の路地に入ってしまったら、酔っ払いのオジサンたちもあり、週末なんだなと思う。人通りの少ない道をあるいていたら、60歳代位の?見知らぬおばさんに声をかけられた。道を聞かれたけれど、地元の人間ではないので、解らない旨を伝えると、おばさん不安そうな表情。方向が一緒なので暫く一緒に歩きながら話をきくと、お母さんの25回忌の法要の為、小倉港から松山まで行かれるそうであった。車をとめている場所が小倉湾の側だったので、多分方向的には合っているはずと思って海側へ歩いていくと、汽船が泊まっているのが遠巻きに見えた。一安心。4つも大きな荷物を持っておられたので、少し持ちましょうか?と言って持ってあげると、別に優しい訳でもないけど、何度も優しい方ですねと言ってくださった。人通りの多いところだったら、そんなことしないし出来ないけど、いいタイミングにいい場所にお互い居合わせてよかった。有難うと何度も声をかけて下さったけど、優しいなんて言って貰ってありがとうはこっちの方なのになと思いながら「お気をつけて」と小さく手を振った。

体調は余りよくはない一日だったのだけど、でも、静かに柔らかく少し心温かな一日だった。