2010年10月10日 祝島へ

2010年10月10日。祝島へ行く。

日帰りだったけど、濃い一日だった。私的にはあり得ないような一日。

何となく、祝島へ行きたいなぁって思っていた。そう、なんとなく、なんとなく、漠然と行ってみたくなっていた。

いつもの友も、つい最近祝島へは行ったばかりなのに、連休に祝島へ行こうかと思っていたらしい。私一人で行ってもいいなって思っていたけれど、友も一人で行こうかなと思っていたらしい。別々に思ったことだけれど、行きたい場所は同じ場所。と言う訳で、じゃぁ行くかということになって、一緒に行く事になった。

友と待合せると、よく遅刻をする。遅刻魔の私は5分や10分の遅刻は度々あるし、一度30分位待たせてしまった事もある。この日もきっと遅刻だなぁと思いつつ走っていたら、待合せどおりの時間に着いて、友が丁度アパートの階段を下りてくる所だった。タイミングはバッチリ。

外泊するのが苦手な私の意向で、日帰りにしてもらった。寝袋も、食糧も、何も持たずにお出かけする。何も持たず、何も計画せずの、祝島への日帰りの旅。

お天気がよくてドライブは快適。周南市を過ぎて光市を通っていると、看板が目に入り、私達が帰る時ちょうど花火大会があるらしい。

助手席で風景を眺めつつ、今日が命日である上司のことを想い出した。H10年10月10日、大切な上司の訃報を受けた。信じられない一日だった。そしてその時から干支は一回りして、この日は祝島へ向かっている。あの頃から随分道を外れてしまった?ような気もするけれど、それも私にはまた一つの道であったのだろう。変わらない過去の事をどうのこうの言っても始まらない。

光市を過ぎて海岸を走る。前日の雨に空は洗われて遠くまでよく見える。海もいつもと違う深く濃い青色で、でもその青は光を吸収したような透明さも感じさせる。途中お昼ご飯用にとおむすびをコンビニで買う。友のアパートから約2時間半。丁度いい時間に室津港に到着。

船尾のデッキにある席に腰をかけると、広い海と陸が見渡せる。船は高く真っ白なしぶきをあげて進んでいく。海上には太陽を反射した光の粒が、遠巻きに群れてキラキラと光っている。お天気もよく、連休の中日ということもあって、船内も、港の埠頭にも、多くの釣り客の姿が見える。

乗船して20分、祝島の港に着く。さっそく友は顔見知りの人達に遭遇。一人目は旅館を営んでおられるクニヒロさん。友がいつも宿泊している所に鍼灸師のご一行さんが来られているよという情報を受ける。二人目は名前だけ聞いたことのあったたかちゃんさん。

さっそくクニヒロさんが言われていた鍼灸師さんご一行さんの所に伺ってみる。香川県にある鍼灸の学校の生徒さんと広島で開業しておられる先生のご一行。友が話をしている時に、ちらりと思い浮かぶ人があったけれど、まさかそんなことはないか、と思っていたら、宿に行ってみるとやっぱり以前お会いしたことのある先生だった。

「えっと、以前、宇部の黒五郎という所で一度お会いしたことがあるものです。」と言うと、先生は私のことを覚えておられて、「一度だけではありませんよ、マナマナでもお会いしています。」と言われた。友は山口のフリーマーケットでもあったことがあるらしい。縁というのは面白い。面白すぎる。

祝島へは、先生も学生さん達もボランティアで来られているらしい。部活=ボランティア活動らしく(笑)この日の祝島でのボランティア活動も部活の一環らしい。あちこちへボランティアに行くらしいけれど、この日は年に一度の祝島への部活だったそう。

それにしても、年に1度しか行かない祝島のボランティアに、偶々遭遇するなんて、不思議というか、何と言うか。偶然ってすごい。予約していないのに、予約されている?

友はさっそく指圧をしてもらうことにしたけれど、私は人見知りが激しく、他人様から指圧なんてもってのほか。私はいい(ノーサンキュ)です、と言ったものの、以前黒五郎で私の脈診をして下さった先生は、その時の私の脈の不健全さを憶えておられて、やって帰られた方がいいですよ、と勧めて下さった。ちょっと考えてしまったけれど、折角だしタダだし(笑…そこかよっ)、施術を受ける事にした。我ながら、勇気ある行動だと思ったけれど、多分それは部活のスピリット(ボランタリティー)と祝島の力に由るのだろう。

私を担当させようと思われた女性2人とも施術中だったので、待つことに。一人40分ほどかかると言われたので、その時間を利用して、以前祝島に来た時に遭遇したキムタクオジサンの所へ寄ってみることにした。

一度行った場所なのに道が判らなくなってしまった。狭い路地を歩いていたら、また元の位置に戻ってしまう。『どうしよう、わからない…』。道に迷った犬が目的地を探すように、また気を取り直して歩き始めると、見覚えのある風景が現れ、なんとかキムタクオジサンのお家にたどり着くことができた。

オジサン家の前に黒猫がいて、多分先回来たとき萌ちゃんが連れて帰りたかった黒猫のようだった。一寸大きくなっていた。元気で可愛がられているみたいでよかった。

玄関先で“ゴメンクダサイ”と声をかけてみるけれど、お返事はなし。仕方なく持参したオジサンの好物であるバナナとリンゴを置いて帰る。紙袋に「またいつか来ますね」と伝言を書いておいた。○本さんだったと記憶していたら、○村さん。正しい苗字をご近所の方に教えてもらって助かった。

友の所に戻ってみると、丁度友は施術を終わった所だった。先生は監督で施術はされないのだろうと思ったら「この人は、テゴワイから僕がやりましょう」と手すきになっておられた先生がわざわざ担当して下さった。『ん?私テゴワイ?確かにどうしようもない位頑固でひねくれ者ではありますが(苦笑)』と思ったけれど、一番上手い先生に施術してもらえるのはかなりラッキーなことである。こんな機会がなかったら、まず99.9%施術を受けることなんてない。でも、これも日頃の行いと(良くないっちゅーにっ、ん?だからか?)何かのご縁?。まな板の上の鯉を覚悟する。

施術を受けた感想は、痛かった・・・。施術中は痛くて痛くてウーウー言ってしまったけど(スミマセン)何事も人生経験である。施術中、どこかの筋を取り出して(とりだされた訳ではなく取り上げてか)この筋のコリは、長年緊張が取れないことから来るものですよと教えて下さった。すごく痛かった所は胃経に関連する経路だったもよう。思いっきり副交感神経を優位にされたのか、施術後は暫く力が入らなかった。

先生は宇部市の黒五郎でお姿拝見したときは「曲者!」という印象だったけれど(失礼ご免下さいませ・笑)、施術の時はやはり治療家という本職の顔になられるからか、曲者の印象は何処へやら。話によると、防府の大きな病院に先生とお顔も雰囲気もそっくりな外科医の先生がおられるらしい。実際、この先生はパッと見は、何処かの総合病院の医局にでもおられそうな雰囲気の先生である。東洋医学というよりは西洋医学をしておられそうな感じのする先生。

医師が治せないのは本気でなおそうとする気がないからという風な事を仰っていたけれど、全ての医師がそうであるとは言わないけれど、確かに次から次へ分単位で診察していく先生方が個人にしっかり向かい会えるという事は少ないのではないかと思う。去年あった大沢たかおのドラマじゃないけれど、医は仁術。医は人の命を救おうとする仁っていうものによるのかもしれない。(一寸辞書検索したら「医は仁術」ってMedicine is a caring [humanitarian] profession. っていうのね。で〔医者の道〕は、the healing art.なるほど)

しかし、施術中、極楽浄土にでもいるかのような表情をしていた友とは大違いの私(苦笑)。同じ指圧という施術を受けても、こうも違う私達。私ってつくづく心身病んでいるというか弱いなぁと思う。

丁度お昼前だったこともあり、先生が昼食をご一緒に如何ですか?と声をかけて下さり、学生さん達が作られたカレーを皆さんと一緒にご馳走になった。他にもクニヒロさんが作られた?砂糖なしのイトコ煮のような和菓子?とお魚のお汁も頂いた。

先生は次の患者さんの針治療に入られ、私達はせめてもの対価労働?として洗い物をして帰ることにした。皆さま色々と、ご馳走さまでした。

次に足を運んだのは、たかちゃんさん家。たかちゃんは、パワーありそうだけど自然体って感じを受ける女性。長靴と帽子姿が祝島にフィットしていた。この5月から祝島に移り住んでいて、11月に地元の食材を使ったレストランをオープンするらしい。祝島に行く前に「誰か祝島にレストランを作ればいいのに。釣り客もあるし繁盛するぞ。祝島に来る人にとってもありがたいだろうし…」って思っていたら、たかちゃんがオープンするなんて。たかちゃんの気持ちもそうだろうけれど、多くの人の何気ない想いもまた、たかちゃんを通して具現化へと向かわせた所があるのかな。

初めてお会いした方なのにコーヒーを入れて貰う。そういえば、先回来たキムタクオジサン家でもそうだったな。他にも生のプルーンを食べさせて下さった。生のプルーンを食べたのは初めてだったけれど、美味しかった。たかちゃんさんは、横須賀、青森、東京etc.の国内のみならず、北京やドイツにも住んでいた事があるらしい。行動力がとてもある人で、想いのままに生きている人。楽しい方向、楽しむ方向へと向いているからか、その行動が無理な感じではなくとても自然に映る。とてもいい感じの人で、一緒にいたら楽しく元気になれそうな人。実際、地元のおばちゃん達と会話する風景も普通に楽しそうだった。レストランちょっと手伝えたらいいのにと密かに思ったりする(笑)。

レストランをオープンさせる場所という所に案内してもらうと、そこは以前ミュージシャンのAKIRA氏のブログでみた場所(いぐら)だった。遠赤外線を発していそうな石(昇龍石に似た黒っぽい石)が壁に積み上げられていて、土壁は作られた職人さんの手の跡が残っている。中にいると手先がビリビリしてきたので、気血の巡りも良くなっていたかもしれない。もしかしたら人工的に造られたパワースポットになっているかもしれない?

レストランが出来たら応援してあげたいし、また祝島の美味しさをそれぞれ皆で楽しめたらいいなと思う。

たかちゃんと別れて、島にあるお店に立ち寄っていたら、ひとりの奥さんが声をかけてこられた。な〜〜んと、キムタクオジサンの奥さん!だった。今回はもう会えないだろうと思っていたのに、会えるなんてビックリ。

今年の3月に初めて祝島へ来た際に出逢ったキムタクオジサン夫婦。あの日、何気に「コンニチハ」とゆっくり走る軽トラックに軽く声をかけながら会釈をした。そしたら、「あんたらぁ、どっちに行くんかねぇ。乗せていってあげよぉ〜か? 今ちょうどニイナが茹でてあるから食べにくるかね?」と声をかけられた(笑)。食べ物に弱い私(笑)。軽トラックの荷台にもそそられて、便乗させてもらった。軽トラックの荷台は(本当はいけないんだろうけどね。時効ということで・笑)ものすごく楽しかった!そしてニイナもやめられない止まらない美味しさで散々他にもご馳走になってしまった(大笑)。その時「また祝島に来たら寄ったらええよ。刺身くらい、なんぼーでも食べさせてあげるから」と。その美味しい言葉は忘れず(笑)。

出逢った人(キムタクオジサン)が良い人だったというのは大いにあるけれど、外からの人を歓待するのは、どうも祝島の文化のような気がする。私の住んでいる地域で、見ず知らずの人を歓待するなんてことはまずない。

今回祝島に行ったら、前にご馳走になったお礼は必ず言いに行かなくてはと思っていた。そして、会えないかと思っていたら、結局上手い具合に遭遇し会うことができた。出来すぎ。アンビリーバブル。

施術も受けることができて、行ってみたかった蔵もみることができて、そしてキムタクオジサンにも会えてしまった。

今回もキムタクオジサンは“はぁ、うるうた”っていうくらい沢山のおいしいお刺身をご馳走して下さった。昨日の残りだけどって言われて奥さんが出して下さった炊き込みご飯やかんぴょうの煮物も優しくて柔らかく美味しかった。その場で作って下さったはまちのたたき?もまたカツオのタタキとは違うクセのなさで、美味だった。炙っておられると魚の脂が落ちて焦げる匂いが台所に漂って、そして目の前で出来たてのタタキに包丁が入る。肌色とレアな部分のピンク色に、もうワクワク(笑)。たっぷりとねぎを刻んでのせてくださった。油の落ち具合と焼きの焦げ目、火の通り具合、どれもとってもイイ感じですんごく美味しかった。

キムタク奥さんが作って下さる料理は無駄なく無理なく手順良い。奥さんにとっては多分いつもと変わらないあたりまえの料理だったと思うけれど、そのあたりまえは私にはとても大きな幸せと美味しさだった。

今回もまたオジサンはお土産をたくさん持たせて下さって、鯛やチヌ?を箱一杯(小さいのでも20cm以上、大きい鯛は35cm位?それら10匹位)を私たち二人にお土産で持たせて下さった。

「また来る時は、日にちがわかったら電話しんさい。刺身くらいナンボでも食べさせてあげる。」と、電話番号も教えて下さった。ひゃーまいった。多分、行けば、またお刺身をたらふく食べさせて下さること間違いなし。オジサンありがとう!また来ます!!

帰る時間がやってくる。友が、学生さんたちを写真に撮ったものを送付できるように、メルアドを先生にきこうと一旦クニヒロさんのお宿に寄ってみたけれど、あいにく先生は施術中。友は自身のアドレスを書いてそこにいた学生さんに渡し、それから私達は17時発の便に乗るべく港へと向かった。

短い滞在なのに、濃い時間だったねと友と言葉を交わしながら感慨深く船に乗る。行きの時同様にデッキの席に行ってみたけれど人が一杯だったので船首側の窓際に座っていたら、帰り間際に寄った私達を気にして下さったようで、先生がちらりとお見送りに来て下さった。最後までありがたいことでございます。ここ祝島は、またね、と皆が見送りをしたくなるような場所。先生、また、どこかで〜♪。

帰りは、先生の施術のお陰か、視界がはっきりとして、目が良くみえるようになったような気がした。風景が今までよりもしっかりとよく見える。祝島の好い気を浴びた所為か、気持ちもしっかりするような気がした。

帰りは、もう一杯味わったのでどちらでもいいなと思っていたけれど、花火も見ようよという友に従い、花火大会も見て帰ることにした。臨時駐車場に車を置いて会場まで歩いたが、その道中の風情のある通りがとてもステキだった。紺青の空に三日月がかかり、通りを歩くと、特別な時間が私をタイムスリップしそうな気分にさせる。

花火大会のみと思っていたら、多くの地区が参加する町の大きなお祭りで、何台もの山車が私達の前を通っていった。あんなに沢山の山車を見たのは初めてだった。むかしからずっと、このようにしてお祭りが続いているのだなぁとしみじみ思わせた。

いよいよお祭りの最後を締めくくる花火大会。花火はいい。時季外れの花火は、また格別で好き。最後に数発同時に打ち上げられた尺玉は、夜空一杯に広がって、とても綺麗だった。

こんな一日があるという不思議さとありがたさ。

今日も長距離運転をありがとうNちゃん。

素敵な一日に感謝。



そして、この話は、次に、つづく・・・。(笑)