午後はMさんと

午後から見そびれていた映画を見に行こうと思っていたら、お昼前に電話がかかってきた。
「お昼ごはん、一緒にどうですか」
電話の声は、Mさん。見ようと思っていたものは「みつばちの羽音と地球の回転」という上関原発に関係したドキュメンタリー映画で、原発関連の時間にするか、Mさんとの時間にするか、ちょっと悩んで、結局小さな足元の幸せを選んだ。どっちでもいいかなって思うものは、どっちでもいい。絶対に行きたいって思う場所なら、行きたい方の場所へ行っている。

午後からの時間。Mさんと一緒の時間が、少しずつ増えていく。私とMさんの悲しみで削がれた気が、何処か少しずつ、少しずつ、埋まっていく時間。

電話口でお迎えに行きますと言ったけれど、Mさんの意向で、お互いの住んでいる場所のちょうど中間あたりで待合せをする。お互いに家から車で7、8分といったところ。

新そばの時期からは少し経ってしまったけど、次にお食事に行くことがあったら一緒に行こうと思っていたおそば屋さんに向かう。二軒ほど並んである手打ちそばのお店。以前ちとらんと一緒に行った道路寄りのお店に行く予定が、なぜか奥側のお店の幟が目に入って、行ったことのないお店の方に車を入れてしまった。なんとなく、そのお店の前に置かれた黄色の招き猫に招かれてしまったような気がする(笑)。

麻製?の暖簾をくぐって中に入ると、ちょっと居酒屋風のお店で、お昼から常連風の地元のおっちゃん達がカウンターで女将さんとお話中だった。初めて入るお店も今日は二人だから安心。

畳のお座席に座って、色んなお蕎麦のお品書きから出雲そばを注文。その後Mさんはカバンの中からチラシを取り出された。「あなたはこういうのも興味がおありのようだから」と整体講座の案内のチラシ。何気にいつも情報収集をして私に下さる。

話をしていると、今回もやはり戦争の話になる。この世代の人達にとって戦争というのは身近にあった大きな出来事。あえて戦争の話題を選んでいるつもりはないのだけれど、私の何処かにそれらの話を聴いておきたいという気持ちがあるのか、知らずの内に引き出してしまっている。

先日偶々以前とってきて読まずにいた「ゆるゆる新聞8月号」を読んだ。地元の人の戦争体験記が載っていて、其々の人の目線と強い印象がそれらの記事から伝って来た。焼夷弾に貼られていた銀色のテープが天から降ってきて、それはえも言えぬ美しさであったという記事は特に印象的だったのでお話をしたところ、私はさらりと話したつもりだったのに、Mさんの瞳が次第に強さ増していったように見えた。

Mさんは徳山(現在周南市)の出身。宇部と徳山は軍事工場もあり、県下でも空襲がひどかった場所である。私達の世代の知らない色んな風景を見てこられているのだろうと思う。母校の鐘楼小学校が空襲で焼けてしまったのを見たとき、母校が無くなったと強く思われたそうである。話を聴きながら、鳥肌がたってきて黒煙が漂っているのが見えるような気さえした。

お父さんから「制服を着るような職には就くな」といわれていたそうだけれど、徴集されれば行かないわけにはいかない。Mさんは終戦の年の5月に四国(土佐だったかな)に配属になり、兵隊の経験もされている。原爆投下から2、3日後の広島の街も電車で通過したと言われていた。この世代のそれぞれの人の中に、それぞれの戦争体験が刻まれているのだろうと思う。

お蕎麦を食べながら、かなり沢山お話をしたように思ったけれど、時間の方は然程経っておらず。それでもそば屋に長居するのも無粋だし、お店を出る事にする。お勘定を払いながら、何年くらい前からあるお店か訊いてみたところ、もう20年以上も前からあるお店らしい。家から車で5分位の場所なのに、今まで一度も来たことがなかった。縁の在る無しって、物理的距離が関係ある様な無い様な、、、とそんなことを思う。遠くても行く場所には行くし(行きたい場所には行っているし)、近くても行かない場所(行っていない場所)は沢山ある。

初めていったおそば屋さんはMさんも気に入られたみたいで、また今度息子と来ようと言われていた。新しくお気に入りができるというのは、一寸嬉しい。新しい関係性は、新しい場所を開いていくものなのだなと感じる。

因みにここの手打ちそば屋さんは、お出汁がとても澄んでいて美味しかった。七味でなく一味とうがらしが置いてあって、その色がフレッシュで美しかった。一味をMさんが入れられた時、そんなに一味を沢山入れて大丈夫かなぁ、と思ったけれど、沢山入れても大丈夫な辛さ。次回は一味のことを訊いてみよう。

一時間ほどでお店を出て、時間的に間に合うから二回目の上映に合わせて映画を見に行こうかなと思っていたら、「じゃあ、後はコーヒーにしますか?」とMさん。「・・・・・(Coffee?)」

先回行ったケーキ屋さんに併設されたカフェを随分と気に入られていたご様子。映画も観たかったけれど、映画の事は口にせずにMさんとコーヒーを飲みに行くことにする。後でお話をしていて解った事だけれど、Mさんは小さい頃から週末はいつもパンとコーヒーで、音楽の流れるカフェという場所は、その香りや雰囲気が遠い記憶の中の何かを運んでくれる場所になっていたようだった。

カフェに向かう途中、知らない道を通る。「ここはよく麗子(奥様)を見舞うのに通りました」とMさんが話される。この頃Mさんと会う時はいつも上から下までMさんの奥様の服を着ている私。Mさんの心の内には、今どんなものが去来しているのだろうか?そんな事をおもいつつ“ロアゾ ブルー”に向かう。

お店に着くと、日曜日でお客さん多し。ドアに手をかけて、私がMさんの後から入ろうとすると、Mさんは私の方を先に通される。お席に着くときも、やっぱり私を先に通される。Mさんは、気付けばいつも見守るようにレディーファーストにされていた。時代の気分はいつも少々忙しいし、私もせっかちな性格だし、そのような扱いを受けるような柄でもないけれど、いつも丁度の位置の後ろに居て下さっていた。いつも奥様にそのようにされてきたのだろう。そんな風にして奥様のことを出しゃばることなく緩やかに後ろから見守り続けられ、そして最後も、そうやって見守り、そして見届けられたのだろう。相手の心に任せて委ねてしまえた時、心は降りて安心がやってきた。何か忘れていた感覚を思いだすような気分だった。

混んではいたものの、ちょうど私達二人が座れるほどの席が空いていて、端の席に座ることができた。腰を下ろすとケーキやコーヒーのとても繊細な香りが漂ってくる。鼻の奥の奥まで届いていきそうな細やかな香り。香りが脳の奥の方まで伝わって、席に座る人を幸せな気分にさせる。

今回はそれぞれカフェオレとカプチーノを注文する。ここのカプチーノの泡は最後の最後までとてもしっかりと残って消えない。泡で蓋をされることで香りや温度が抜けないのか、最後までその味を美味しく楽しむことができる。

今回も小さいケーキとお菓子の盛合せを1つ注文して2つのフォークをお願いした。抹茶のロールケーキとガトーショコラ?は、それぞれに香りが繊細に伝わってきて美味しい。今回も半分ずつにして二人で味わった。Mさんがフォークで半分に分けられるのを子供のように見ながら過ごす時間は楽しい。

ここではMさんのお父さんの話になった。窓の外のクリスマスの電飾を見ながら、息子さん達、こんな話を聞かれたことはあるのかなぁ?と、そんなことも思いながらカプチーノを啜る。

Mさんが大学生の時にお父さんは他界されているらしいけれど、電気技師をされていた方らしい。海外(ドイツ)から設備が入ってくると、職場に息子(Mさん)を連れていって、その設備を見せられていたそうである。どんな設備だったのか想像がつかないけれど、きっと今より機器は大きかったに違いないし、今の時代ほどなんでも簡単に手に入るような時代ではなかっただろうから、ロマンというか、そのようなものが今とは違った感覚であったのではないかと想像する。

小学校の放送設備を一式全部寄付(設備および取り付け?)もされたらしく、富めるものの役割も必要な中でそれなりに果されていった心ある時代だったのだろうと思う。

Mさんの奥さんは、何度か私にご主人への苦情とも取れる話を私にされていて、日ごろお小言など言われない人だったから、余計にそのご主人に対しての言葉が気にかかったりもしていたけれど、私が知らないだけで素敵な時間は沢山存在して、長い時間の間には、勿論色んなことがあったのだろうと思うけれど、すべて含めて、お似合いのご夫婦だったのだなと思った。当たり前だけど、夫婦というのは心が近いのだと思った。寄りそう心に他にないものがあるような気がした。

話を聞いた後で、少しだけハンドマッサージをさせてもらった。血管にとても弾力を欠いておられるように感じられたので少し控えめにマッサージをした。後でアザになっておられなければいいけれど、大丈夫だっただろうか?

コーヒーを飲み終え、頂いたショールを羽織って席を立ち、クリスマス用に揃えられた品々をみて帰る。Mさんが瓶に興味をもたれている商品があり、裏書きを見るとフランス産の天然飲料。出口に向かわれたMさんに「一寸待ってて下さいね」と言って、その天然色素でピンクに染まったボトルを購入。ドアを開け車に乗り、「これプレゼント!もうすぐクリスマスだし♪」と言ってMさんに渡す。するとスムーズに受取って下さった。物事が無理なく通っていくって気持ちいい。受取ってもらえて嬉しかった。シートベルトをカチリと締めて、また待合せの場所に戻った。

短い時間だったけれど、これからの良い時間を運びそうな時間と場所になっていたような気がする。

今回はちょっと書生風に見えたMさん。どうぞ、また眉毛のキリリとした表情を私に見せて下さい。またのお誘いお待ちしてます。(笑)